あとがき





ふと考える。

今回の富士山登山から私はなにか得るものがあったであろうか?


ない!! 何ひとつ思いつかない(号泣)。


「あのときの経験を思い出せば、どんなツラい出来事も耐えられる」
富士山を登った人からそんな話をよく聞くが、私に関してはそのような境地に達していない。

実際のところ、キツい体験を一度や二度くらい味わったくらいで、人間そう簡単に強くなれるものではないのかもしれない。いや、ただ単に私の学習能力が絶望的に劣っているだけなのかもしれないが。
嵐の中富士山を登る、命をかけたあの体験はいったい私にとって何の意味があったのだろうか(遠い目)。



それでも富士山を登ったあの体験を振り返ると、雨の中頂上を目指していたことがなぜかとても楽しい出来事だったと感じる。
単なる山登りの肉体的苦痛に加え、容赦のない雨、風、寒さがダブルパンチ、トリプルパンチとなって私に襲いかかり、地上では体感できないようなレベルにまで痛みが増幅される。
その苦痛を覚えるたび、「あぁ、いま自分は生きているんだ」ということを実感でき、いつしか苦痛が快楽へと変換されていくのを実感していた。

この後私は、お寺にこもって修行したり海外旅行でインドへ行くなどといったゲテモノ体験を繰り返すことになるが、それはこの時私が覚えた苦痛という名の快楽を味わう「被虐の楽しみ」
より分かりやすい言葉を使えば

「マゾヒズム的な性癖」

という新たな一面を自分の中に発見してしまった故の行為であるのかもしれない。

「自分探し」が声高に叫ばれているこのご時世で、こうした形で自分の新たな一面に気づくことができた私は、きっと果報者であるのだろう。




そんな実感全くないけど。






今回の「富士山体験記」はこれにて終了となります。
私自身、はじめて作成したゲテモノ体験記ですので、読みにくかった部分も多々あったことでしょう。
今後も「お寺にこもって仏道修行」「3泊5日インド旅行」など様々なゲテモノ体験記を執筆する予定であります。
こちらも併せて目を通して頂けましたら幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。これからもよろしくお願いします。






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