
とりあえず出発
私はもともと北海道の生まれでした。
小さいころの私には津軽海峡の先にある「本州」という地は外国のような存在であり、そこに存在するものすべてが自分に一生縁のないものと思っておりました。富士山もです。
幼稚園のころ私は
♪いーちねんせーになったらー とーもだちひゃーくにんできるかなー
♪ひゃーくにーんでたーべたいなー ふーじさんのうえでーおーにぎりをー
とかわいらしい声で歌いながら、腹の中では
「そんなことできるわけねーだろ、ケッ」
などと、かわいらしさのカケラもないことを思ってたりする、まことにひねくれた性格のガキンチョだったのでした。
ま、今もあんま変わってないけど。
しかし人生とは不思議なものです。
幼いころには「外国」と思っていた本州の地ですが、その後成長して進学、就職とイベントを重ねることにより、いつの間にか津軽海峡を渡っており、いつの間にか富士山のすぐ側で生活することになったのです。
天気の良い日は窓の外を眺めると富士山を拝むことができます。幼少のころを考えればまるで夢のようです。
そんな私がこう思うのは不思議なことではないでしょう。
富士山に登りたい!
しかし、です。私は思いました。
富士山に登ったことのある人なんてそこら辺にいくらでもいます。特別珍しいことでもありません。
私もその他大勢と一緒に、ただ富士山に登っただけでは幼稚園のころから想い抱いていた憧れを消化しきれないのではないでしょうか?
そう思った私は自分にとって特別な日、私の誕生日に富士山を登ることにしました。具体的な計画はこうです。
1. 誕生日にご来光を拝む
2. 周りの人にハッピーバースデーを歌ってもらいウルウル(T_T)
3. 百人で一緒におにぎり食べる
幸いなことに友人たちの中に富士山に興味のある人が数名おりましたので、彼らに企画を説明して強引にハッピーバースデーコーラス隊に指名しました。
百人でおにぎりの目標はまだ遠いですが、この調子でそこら辺の登山客も巻き込んでいけば目標達成も不可能ではないことでしょう。
ところで「ご来光を拝む」とひとことで口にしても、実際には天候の問題もあり頂上へ登ってもご来光を拝める確率はそれほど高くないようです。
しかし、私が登る七月の下旬というのは一般的には梅雨明け直後であり、天気が安定している時期といわれておりますからその心配もありません。
出発前日のお天気ニュースだってこのような感じです。
「ただいま長野県を中心に記録的な集中豪雨が発生しております。
岡谷市では民家が濁流に呑みこまれ死亡者や行方不明者が多数発生しているそうです。
くわしくはこちらをご覧下さい。」
......
シャレになってなくね??
これで本当にご来光拝めるのか?
それ以前にこんな天気で山登れるのか!?
どうやら友人たちも同じことを考えていたようでドタキャンコールが私の元に殺到。一方的に登山の中止が決定となる。
オレは急に物足りなくなった。
当初の予定では今年の誕生日は、富士山のご来光をバックにハッピーバースデーコールで涙を流しながらバースデーケーキを頬ばるはずであった。
それが全部キャンセルなってはずいぶんと寂しい誕生日となってしまうのではないだろうか?
そもそも天気予報では雨っていってるけど本当か? 昔は天気予報ってけっこうな確率で外してた記憶があるぞ。
それに山の天気は変わりやすいっていうじゃないか? 何かの間違いで晴れるってことあってもおかしくなくね?
雨だ雨だって騒いでいるけど、本当にそうなるかは実際のところ、ふたを開けてみなくちゃ分からないのではないだろうか...

そう思った瞬間、私はただひとり、車で富士山を目指していた。
長野県では民家が濁流に呑まれるほどの大雨であったが、ここ山梨ではそれが嘘のように小雨がぱらついていた。
よかった、この調子ならご来光も拝むことができる、かな?
私はまだ見ぬ頂上、そしてそこで待っているであろうご来光に胸ときめかせながら富士山への第一歩を刻みこんだ。
私の行為は友人たちとの決定事を破るという、裏切り行為と非難されるかもしれない。
そしてこの後、その報いを骨の髄まで味わうことになるのだが、この段階ではそんなことなど知る由もなかったのであった。