夜中にはじまる死のロード




登山を開始してから三時間半後、山小屋「太子館」に到着する。
失恋の傷を癒す...ではなくて身体の疲れを癒すため夜中までここで休憩をとることにした。
予定では夜中の十二時にここを出発して夜明けの直前に頂上へ辿り着くつもりである。

既に八合目とはいえこの先も決して短い道のりではない。また、ガイドブックなどでは真夜中の登山を初心者にはオススメしておらず、こうしたことを考えると今後さらなる困難が待ち受けていることが予想される。むしろここからが本番であるのかもしれない。
正念場を迎えるにあたってここは余計なことを考えずに体を休めるのが得策であろう。私は用意してあった寝袋に入り仮眠をとることにした。
実際には外から音がざーざー聞こえるのが気になってまったく寝つけなかったのであるが、それはおそらく外で登山客が騒いでいた音であろう。
屋根の上からざーざー聞こえるのが非常に気になるところだが。



日が替わって翌7月21日。午前0時出発予定が5分遅れてしまった。
早くしないとご来光スポットを他の登山客にとられてしまう。急がなくては。
そんな私を玄関で待っていたのは、やたら重装備を固めている登山客たちの姿だった。
なんだか嫌な予感がする。もしかすると......
おそるおそる扉を開けてみると





  ず ど ど ど ど 
ー ー ー ー ー ー ー ー






ガーン、外ではこのタイミングで雨が降り出していた。
クライマックスを迎えてこの天気。演出効果としては最高であろうコンディションとしては最悪である



こんな天気で本当にご来光を拝めるのだろうか? 猛烈な不安が私を襲う。
しかしそんな不安をよそに、年老いた登山客なんかはこんな状況でも

「いやー、降ってしまったねぇ」


などと気楽に語りかけている。

呑気なもんだぜ、まったく。どんなときでも泰然自若と構えられるおじいちゃん、私も早くその領域にたどり着きたいです。




文句を言っても始まらない。
幸いにしてそんなに雨は強くなさそうだ。これくらいなら途中でやむことだって決してありえない話ではない。
そう信じて装備を固め登山道に立ってみる。





......




「うわ、何これ?」




私が悲鳴をあげたのは雨のせいだけではなかった。それに加えて外は、見渡す限りの霧が辺りを包んでいたのだ。
そしてその霧のおかげで、ヘッドライトを使っても自分の手の届くあたりしか明るくならず、コースの判別をきわめて難しいものとしていた。
いまの私の状況は「一瞬先は闇」という言葉がピッタリくるであろう。物理的にも、精神的にも。
登山道はまっすぐな道ではなくかなり曲がりくねっている。もし気づかずにコースアウトして、そのまま足を滑らせてまっ逆さま...などという事態を考えると、想像するだに恐ろしい。



慣れない登山、真夜中の登山、雨の中の登山、と不安要素が二重三重と積み重なって私に襲いかかり、一歩、また一歩と足を進めるごとに私の心身を蝕んでいく。
そんな苦痛に耐えながら歩み続ける私の姿は、十字架を背負いながらゴルゴタの丘を登るイエス=キリストのようであったことだろう。

ただ違うところは、キリストの場合は人々の代わりの贖罪であった対して、私の場合は単なる自業自得であること、そして、キリストは死んで神として崇められたのに対して、私の場合はここで死んでもおそらく誰からも相手にされないことだけである。



何がいけなかったというのだ!? 私は考える。

記録的な大雨の時期に登山をしたのがいけなかったのか!?
友人たちを裏切って抜け駆けしたことがいけなかったのか!?
下心ミエミエで登山客をナンパしたことがいけなかったのかー!?


その全てだと思います。
冷静に考えたらすべてがいけないことでした(^_^;)




そんな私にとって唯一心の救いとなったのは、雨がそれほど強く降ってないこと。

「この程度ならそのうち止むだろう、いや、きっと止むはずだ。
苦しみに負けず努力をする者には、勝利という栄冠が必ず訪れるのだ

そんな少年マンガ的ストーリー展開が来るという希望を心の支えとして、いつ止むともしれぬ雨と戦いながら頂上を目指して歩き続けていた。






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