
登頂、そして
このような不毛な戦いを続けながら私は頂上を目指した。
このころになると私の心を支えていたのは「ご来光を見たい」ではなく
「誰にも、誰にも腰抜けなんて言わせない!」
という意地であった。
私はきっとバックトゥザフューチャーのマーティ・マクフライみたいに、そのうちストリートレースで事故って音楽ができなくなることであろう。音楽なんてもともとできないから関係ないという話もあるが。

頂上のほうは雨を通り越してみぞれになっていた気がする。
そんな中、道なき道をロッククライミングして登っていった。
それから30分後、目の前に大きな鳥居が飛び込んできた。
鳥居を越えると、そこは頂上だった。
勝った。
勝ったんだ。
オレは富士山に勝利したんだー!
だからはやく雨宿りさせて(泣)
勝利の余韻もそこそこに山小屋へ向かうオレ。
当初の予定では頂上で周りの登山客に誕生日を祝ってもらうつもりであった。
だが、小屋の中では雨でズタボロにされた登山客たちが温もりを取り戻そうと、捨てられた子犬のように体を丸めており私のことなどに構っている余裕などなさそうである。
ここでヘタに
「今日は私の誕生日です。みなさん、私のためにハッピーバースデーを歌ってください」
と言おうものなら、そんな登山客たちの逆鱗に触れ、袋叩きにされたあげく谷底に突き落とされるかもしれない。
そのため私は思ったことを口にすることができず、一人で寂しく甘酒をすすりながら心の中で誕生日を祝っていた(泣)
誕生日の記念にと大雨を乗り越えてまで頂上へ着いたのに、そこで待っていたのがご来光ではなくたった一杯の甘酒だけ。
こんな惨めな誕生日がいままであっただろうか? ない、あるはずがない、あって欲しくない!
ひと段落したところで焼印をするため近くの神社を訪れる。
そこではどこかの大手企業が会社の発展を祈って祈祷をしていた。
こんな嵐のなか祈祷をお願いに来るなんて、なんて偉い人たちなんだろう。
「こんな大雨に社員を登らせるなんて、何て酷い会社だ」
義憤にかられる気持ちもないことはないが、たとえ理不尽な命令であっても会社から言われたことに逆らわず黙って死地に飛びこむ、これこそサラリーマンの鏡というべき生き方ではないか。
...と思っていたら後日、今回の登山をドタキャンした友人(サラリーマン)にその話をしたところ、
「オレだったらその時点で会社辞める」
とのたまわれた。
それが正しい生き方だと思います(爆)
もう誰もご来光などアテにしちゃいないだろうけど、それでも奇跡を信じて夜明けを待つ。
しかし朝になっても天気は回復しない。
奇跡は、起きなかった。
ご来光は諦めて山頂の郵便局を目指して山小屋を出る。
しかし、吹き飛ばされそうになるほどの強風が吹いており、私の身体は崖に落ちそうになった。
危ないので命が惜しくなった私はおとなしく引き返すことにした。
ここまできてオレは思った。
オレはいったい何のために富士山登ったんだ?
考えてみれば今回の登山、楽しい思い出が何一つなかった。誕生日であるにもかかわらず、である。
思い出に残ったことといえば、大雨に祟られた記憶と、大雨に祟られた記憶と、大雨に祟られた記憶だけである。
今回の企画は失敗だったのだろうか?
否、それでも今回、嵐の日に富士山を登ったという、他ではなかなか味わうことのできなかった体験をしたおかげで、こうして話題に困ることなく旅行記を記すことができたのだ。
これこそがきっと、富士山が私にくれた誕生日プレゼントなのだろう。
ありがとう富士山。
そして、
次回はもっとヌルい企画で誕生日を祝わせてください。
P.S. 雨の日の富士山はたいへん危険です。絶対にマネをしないようお願いします。
