![]() インドの洗礼2007年5月1日、インドへ向けて出発する。 この日に向けて万一に備えて、仕事の引き継ぎを他の人にお願いしておいた。 この日に向けて万一に備えて、遺影に使う写真を撮っておいてもらった。 もう思い残すことは何もない。心置きなくインドに...行きたくねぇ。 インド時刻にして午後9時、日本時刻にして深夜0時半、予定より一時間遅れて(後にオレは、こうしたことがインドでは珍しくないということを思い知らされる)インディラ・ガンジー空港に着陸。 はじめて降り立った異国の地は土埃と熱帯植物が混ざったような臭いが漂っており、夜の10時になるのに38度にも達する熱気が空港内に充満していた。こんな過酷な環境でこれから旅を続けるなんて、果たしてオレは大丈夫なのだろうか... オレたちは空港で旅行会社が手配した現地ガイドさんと出会うことになっていた。 ガイドさんに会うため出口に向かう。 「ヘイ、ジャパニー(日本人)!」 「オレんトコのホテル泊まらないか!?」 「安くしとくよー!!」 出た、インド名物ボッタくり商人。 そこでは多数の客引きたちが熱烈な歓迎をしてオレたちを迎えてくれた。 何でも彼らに連れて行かれれば、目的地にちゃんと着かないのは当たり前、運が良ければマトモな旅行会社に連れて行かれ、運が悪ければ悪徳旅行会社に連れて行かれるという(何というトコじゃ)。 インド商人たちは血走った目をしながら立錐の余地もなく立ち並んでおり、今にもゲートから飛び出してきそうな勢いで迫ってくる。狂気をはらんだ声をあげて手を差し出すその姿は、さながら地獄に住む亡者のように映った。 想像してみてほしい、浅黒い肌をしてターバンを巻いて、ゴツい体格して目を血走らせて、そんな人たちがいっせいにこちらの方を向いてきたら、怖いぞ! こんな中からガイドさんを探さなければいけないとは...オレは入国早々、はやくも気が遠くなりそうになった。 ガイドさんいた。ゲートの中で待っててくれた。 「シャーラット」と名乗るインド人ガイドさんは日本語も流暢なうえ物腰も紳士的であり、十分に信頼できそうな人物であった。 シャーラットさんに従いインド商人たちを振り切り、豪華リムジンバスに乗りこむ。よかった、あとはホテルへ向かうだけである。もう助かったと安堵のため息をつく。が、 「ひ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!(号泣)」 数分後、バスの中に恐怖の叫び声がこだまする。 インドという国は大衆車はおろか、乗客の命を預かるリムジンバスまでもが、アクセル全開で道路を爆走しており、わずかな隙を見つけては追い越しをはかるべく、何のためらいもなしにウインカーも出さず突っこんでくる。
当然事故りかけたことは一度や二度ではなく、辺りからクラクションの音がひっきりなしに聞こえてくる。そのたびにオレは身を硬ばらせ恐怖の表情を浮かべていた。 この恐怖は先月富士急ハイランドで乗せられた、「えぇじゃないか」に匹敵する恐ろしさである。 インド時刻にして深夜0時、日本時刻にして深夜3時半、なんとか無事にホテルに到着する。 すでに長旅で疲れきっているはずのオレであったが、ホテルの部屋は冷房の調節がまったく効かずキンキンに冷え切っており、結局一睡もすることができなかった。 こうして、早くも「やっぱこんなトコ来るんじゃなかった」と後悔の念に苛まれながら、眠れぬ夜を過ごしたのであった。 |