ぬぐい去れない思い



北朝鮮ツアーも二日目が終わろうとして、温井閣でホテルへ行くバスを待っていた。
バス停を見ると10分おきにバスは来るそうだが、待てども待てどもバスは来ない。
うーん、ハングル語を読み間違えたのかな? 近くのオバチャンに確認してみよう。

「すみませーん。えーと、チョヌンヘクンガンホテルカゴシッポヨ。ポスヨギエヨ?(私は海金剛ホテルに行きたいです。バスはこちらでよろしいですか?)」
「まぁあなた、日本人!? ちょっと待ってね。お父さん」

オバチャンはそう言って隣のだんなさんを呼びだした。

呼ばれただんなさんは80くらいの、昔はバリバリ会社勤めしていましたという風貌の、柔和ではあるが、世間の荒波にもまれてきていそうな老人だった。
韓国人であるが見た目は定年後の日本人サラリーマンみたいであり、また日本語がおそろしくうまかった。
「おや、日本の方ですか? 何かお困りですか?」
流暢な日本語に引きずり込まれてついオレも日本語で話す。
「えぇ、海金剛ホテルへ戻りたいのですが、バス停はこちらでよろしいのですか?」
「えぇ大丈夫ですよ。きっともうすぐ来ることでしょう。私たちも一緒のバスですから安心してください」
「失礼ですがお名前は?」
「私は林と申します。あなたは」
「僕はしゅんです。林さんは日本語がとてもじょうずですね」


実際、林さんの日本語は「うまい」のレベルを超えていた。ネイティブと同レベルである。「うまい」の褒め言葉が陳腐すぎて失礼にあたるのではと思うくらい日本語がうまい。
これまでいろんな国で日本語が達者な外国人を見かけたが、いくらうまい人でも話していると言いまわしやイントネーションが不自然に感じることは、どうしてもある。だが林さんにはそれがまったく感じられない。
「林さんは本当に日本語が上手ですねぇ。いったいどこで勉強されたのですか?」
「私は昔、日本で働いた。1960年ころから、三菱や丸紅に勤めていた。日本では20年くらい働いていたかなぁ。当時の社長さんとも知りあいだ」
「それはすごい。その前はどこで学ばれたのですか?」


もしかしたらオレは、この質問をしなかった方がよかったのかもしれない。彼から返ってきた答えは日本と朝鮮の間に横たわる「あの問題」を直視せずにはいられなかったのだ。
「私は1930年ころ、中学校にいた。当時、朝鮮は日本の植民地だった。学校では日本語を教えられた。ハングル語は教えられなかった」
「...」
「戦争のころは親戚の女性が何人も日本軍によって従軍慰安婦として連れ去られた。だが今の日本は、当時のことを真剣に謝っていない。もっと誠意をこめて謝ってほしい」

いつしか林さんの怒りの鉾先は、現代の話にも向けられていた。
「かつて日本の天皇が韓国の大統領を接待した。そしていつか韓国へ行きたいと我々に敬意を示した。しかしその翌日、日本の総理が靖国神社にも参拝してくれなどと言っている。なんだあれは? 韓国人も怒っていた」

彼は感情を露にして話すのではなく、ましてやオレに怒りをぶつけるのでもなく、当時を思い出すようにしながら淡々と話していた。

ソウルに来てから今日まで、オレは日本人だからという理由だけで韓国人から不当な扱いを受けたことがなかった。だからオレは、韓国の人たちはオレたち日本 人と同じ感覚を持っていると思っていたし、オレが韓国の人たちを(嫌韓という意味で)意識していないのと同様に、韓国人の反日感情なんてもともとないもの をマスコミが誇張して言いふらしているものだと思っていた。
でも、林さんは違った。彼と話していて、実際にそうした考えを有している韓国人に出会うことにより、韓国人が持つ日本人への反日感情というものは単なるマスコミ の誇大広告ではなく、確かに存在するということを認識せざるを得なかった。

オレは突然投げかけられた歴史的な重みに何もすることができなかった。思考が停止して、謝ることも反論することもできず、ひとことも口を開くこと ができないまま黙って林さんの話に耳を傾けていた。言い訳に聞こえるかもしれないが、ふだん歴史的な問題を真剣に考えることのないオレみたいな若造が、いきなり重たす ぎる過去の事実を投げつけられたところで、いったい何ができるだろうか。言葉を選んで謝罪をすることなど、できたものであろうか。もっとも、当時のことをなど何も知らないオレが謝ったところで、林さんにしてみれば何の意味もないことであっただろうが。

林さんの話だと親戚が従軍慰安婦に連れて行かれたのは1930年ころとなる。今 が2008年だからもう70年前の出来事だ。それなのに当時の憎しみが薄れることなく残っているのだから、人の恨みとは恐ろしい。

だが、70年経ってなお日本の恨みを捨てきれない林さんを、オレは不幸に思えた。
過去のことを忘れられない林さんよりも、ソウルで見た韓国の若者、過去を忘れて日本文化も取り入れて暮らしている今の若者の方がオレは楽しそうで、幸せに思えた。
忘れるということは難しいことだ。これは自分が当事者ではないからこそ言えるセリフだと思う。
でも、どこかで誰かがそれをやらなければ、歴史の連鎖は永久に続くと思う。オレたちが思いつくような対策を何十年も、日本の政治家たちが取り組んできながら今まで解決できなかった根深い問題なのだから。
でも、そんな人が本当に現れるの? もしそんな人がいたとしたら、それはきっと神のような心をもった人に違いない。そんな人が本当に現れるの?

本当に彼らと分かりあえることはできるのか? 歴史も文化もまったく異なる北朝鮮の人たちと、お互いの過去を忘れてともに歩んでいくことなど、本当にできるのだろうか?
それには誰も答えてくれない。



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