![]() さらば北朝鮮 〜金剛山編まとめ〜 |
| 北朝鮮に入国してすぐのころである。バスの窓からとある光景が目についた。 藁でできているのか瓦でできているのか分からないような家が並んでおり、手入れされていない庭には刈り取られていない雑草がぼうぼうと生い茂っている。 なんだか廃墟のような朽ちはてかたであり薄気味悪さすら漂う。もちろん、人が生活している気配などまるで感じられない。 「すいません、あれはいったい何ですか?」 オレは日本語の分かるツアー客に聞いてみた。 「あれは北朝鮮の民家です。あそこに北朝鮮の人たちが生活しているのです」 その言葉は「北朝鮮」という国の悲しい現実を伝えるのに十分だった。オレが今まで見てきた中でもっとも「貧しさ」を感じた光景であった。 幼い子どもの無邪気な、しかしどこか力のない笑顔が印象的だった。 さて、そんな北朝鮮社会の特徴として、軍人が日常生活に溶け込んでいるということがある。 特に軍事施設があるわけでもないのに北朝鮮軍人が100メートルおきに見張りに立っていたり、警察の代わりに北朝鮮軍人が見廻りをしていたり、道に迷った子どもを北朝鮮軍人のお兄さんが手を引いて連れて行ったりと、まぁとにかくいたるところに出没する。 で、さっきの道に迷った子どもを見ても、べつだん北朝鮮軍人を恐れる表情を見せていないので、やっぱりこれはもう生活の一部として軍人が溶けこんでるんだろうなぁ。きっと北朝鮮では、男の子がなりたい職業ナンバー1は軍人なんだろう、そんなことを考えたりする。 なんかこれって、はじめはすげー違和感覚えたけど、ある日ふと、もしかしたら戦前の、アメリカとの戦争が本格的になる前の田舎の日本でも、こんな光景が繰り広げられていたのではないのかな、とそんな気持ちを抱いた。 よく今の北朝鮮を悪く言う人がいるけど、これってもしかしたら、戦前の日本社会も罵っていることになるのかもしれない。 ...なんてことを向こうにいたときは思っていたが、帰国して当時を思い返してみると、やっぱ変だ、こんな社会。 ふー、危なく北朝鮮社会に洗脳されるトコだったぜ。 で、その北朝鮮軍人のことであるが、これがまぁ精悍な顔つきと体格をした、オスのフェロモンをぷんぷん発散した人たちばかりである。そっち系の男が好きな女性にはたまらないことであろう。 え、軍人なんてみんなそんな感じなんじゃないかって? それが違うんですよアナタ。 これがお隣の韓国なんかでは、北朝鮮と一緒で街中に軍人が歩いているんだが、これがもう、なんか女連れてチャラチャラ歩いたりして、どう見ても全然強そうじゃな い。例えていうなら、渋谷や新宿を歩いているなよなよした若い男にむりやり迷彩服を着こませたような感じである。何か、北朝鮮に攻められたら負けるんじゃないのと か他人事ながら本気で心配してしまう。こんなチャラチャラした人たちがオリンピックやW杯になるとあり得ない力を発揮するのが、ホント理解できない。 コラー、お前らは何かあったら自分の国を、自分の彼女を守らにゃイカンのだ! もっとシャキっとせんかいー!! ↓(北朝鮮とは関係ないけど)女連れてチャラチャラしている韓国軍人 ![]() で、北朝鮮軍人に話を戻すと、感情がまるっきり感じられない表情をしていた。 座った目つきにポーカーフェイス、いや「無表情」といったほうが近いか、座った目つきに無表情な彼らは、確かに人を殺すのに躊躇しなさそうである。ホントこの人たち、将軍様の命令なら何だってやりそうでマジ怖い。 じゃあ韓国人から感情というものを抜いたら北朝鮮軍人になるかと想像してみたら、オレの中でそれはノーであった。 これはもう、長い時間をかけて韓国とは別の、「北朝鮮民族」として進化してしまったんじゃないのか? オレにはそんな風に思えた。 韓 国の人たちは日本人であるオレにもなんとなく通じる部分を感じられたが、ここの人たちは何か違う。確かに年相応の感情豊かな人もいるんだけど、その一方で そうじゃない人もいる。あるいは、あるいは感情はあるんだけど不自然だった人もいる。そんな「異質なもの」を持った人たちが、(だいたい)半分くらいの割 合で存在している。 南北統一なんて無理なのではないか? 隣の国は韓国とはまったく別の民族になってしまったのである。お互いを理解してともに歩んでいくなんて夢物語ではないか? そんな暗ーい気持ちを抱えながら、オレの北朝鮮旅行は終わりを迎えようとしていた。 北朝鮮の出国審査直前、行きと同じようにバスを降ろされ車内を点検させられる。 バスを降りたオレたちを無視してずかずかと乗りこむ北朝鮮軍人。 目を合わせることすら憚られるほどの威圧感と、人を無視するかのような不快感を辺りに撒き散らす彼らの態度は、北朝鮮に入国してから最後まで終始変わることはなかった。 点検が終わると北朝鮮軍人たちはひとり、また一人と例によって無言のままバスを降りてその場を去っていった。しかし、最後に残った北朝鮮軍人の一人が、バスの中に残っていた韓国人運転手の前で足を止めた。何だ、何が始まるというのだ? 二人は何やらいろいろと話しこんでいた。しかし、その空気には厳しさのようなものはなく、たわいもない雑談といった雰囲気であった。 そして、ひとしきり話を終えた後、残っていた北朝鮮軍人はそれまでの厳しい表情を崩し、 笑顔を浮かべながらバスを降りてきたのである。 北朝鮮軍人が笑った! これは衝撃的なことである。将軍様の命令なら何でもやる、感情のこもっていないマネキン人形、そんなイメージが定着された、あの北朝鮮軍人が笑顔を見せたのだから! 笑うということ、それは人間らしい感情を有しているということ。北朝鮮軍人の笑顔はオレに、彼らも同じ人間なのだという当たりまえな、でも、とても大切なことを伝えてくれた。 オレは脳裏にひとつの光景を思い浮かべていた。 夕暮れ時の温井閣、みやげ物や免税店が並び周囲の村落とは明らかに異なるこの一角で、やはり北朝鮮とは不釣りあいの韓国ポップスが辺りに流れていた。 それは北朝鮮という国に作られた、「もうひとつの韓国」であった。 こんな光景が北朝鮮全体に広がればいいな、ノリノリの韓国ポップスを聞きながらそんなことを思っていた。 その時はそれ以上なにも思うことができなかった。でも今なら言える。 確かに実現までの道は生半可なものではないかもしれない。でもきっと、どこかにその道は存在することであろう。 なぜなら彼らはオレたちと同じ、「人間」なのだから。 北朝鮮旅行記 金剛山編
完
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