This is 北朝鮮



国境のイミグレーションを抜けると北朝鮮であった。
入国審査を終えたオレたちを待っていたのは、明らかに作り笑いと分かる笑顔を浮かべたコンパニオンと、やたら古びたクマの着ぐるみだった。
あぁこの出迎えよう、ようやく北朝鮮へ来たっていう実感がわいてきたぜ(涙)。

イミグレーションといえば北朝鮮のイミグレーション、外国人の入国をチェックする重要な機関がなんとただのプレハブ小屋であった。
イミグレーションがプレハブ小屋かよ? ムツゴロウ動物王国のイミグレーションだってもっとちゃんとしてるんじゃないのか!? 行ったことないから分かんないけど。
さっきも述べたがイミグレーションとはそこで外国人を迎える国の玄関口、いってみればその国の顔みたいなものである。その「顔」がプレハブ小屋だというのだからここがどんな国であるかは推して知るべし。

プレハブ小屋なイミグレーションを出ると夢にまで見た、悪夢にまで見た北朝鮮の光景が広がっていた。
うぉー、オレは今、北朝鮮の地にいるんだー!! あの山が、あの空が、メイドイン北朝鮮だ!!
ぬぉー、写真、しゃしん、カメラプリーズ!!


「ハイ、そこの韓国語できない日本のお兄さん、北朝鮮では写真の撮影が禁止されておりますよ。罰金1万円払うか、いま撮った写真を消すか、どちらかを選びなさい」

そうなのだ、北朝鮮では写真が撮れないのだ。
北朝鮮ではいろいろと禁止事項が多いことは前回話したが、その禁止事項の一つに「観光箇所以外の撮影は禁止、現地の人の撮影もダメ」というものがある。そしてこれを破るとUS10〜100ドルの罰金を払わされるのである。
オレが昔訪れたインドでは、街の人を撮影するだけで被写体から300円むしり取られたが、北朝鮮では街の人を撮影するだけで国の力によって、10000円ほど強奪されるのである。うーん、こうやって比較してみると、ずいぶんとインドという国がマトモであったような気がする。

北朝鮮の景色は韓国とはまったく異なっていた。
韓国では田舎の山道では緑が生い茂っておりさながら日本のような景色であったが、北朝鮮では切り立った岩肌に無機質的な石が立ち並ぶ。そして、数100メートルおきにこちらを凝視しているのは、あの北朝鮮軍人!
おぉ北朝鮮軍人、北朝鮮全土に300万人もおり、将軍様の手足となって働いている、あの北朝鮮軍人ですよ。うわぁ、本物だぁ。
それにしてもおのれら、さっきから物陰に隠れてちらちらこっちを見やがって、ストーカーかお前は!

そんな偏執的愛情を注ぐ北朝鮮軍人に見送られながらバスはやがて荒野を進む。
ここでも例によって、北朝鮮軍人の厳しい監視の目を注がれていた。
オレたち日本人が抱く「北朝鮮軍人=マネキン人形」のステレオタイプを忠実に再現するかのように、微動だにせず直立不動のままこちらを見送る。
そして、そんな北朝鮮軍人の背中を横切っていたのは、人間サイズはあろうかと思われるほどの大きさをほこる、野生の水牛であった。
北朝鮮軍人の態度から見て、おそらく背後の水牛には気づいていない。もし水牛が何かの拍子にいきり立って北朝鮮軍人の背中に突進してきたら、どういう反応をするのだろうか? ちょっとしたドリフのコントくらいに笑えそうである。

オレたちを乗せたバスは「温井閣」に到着した。これから三日間、オレたちはここを拠点に生活をする。
温井閣とはオレたちツアー客のために作られた施設であり、ホテル、食堂、ショップといった旅行客に必要な設備はひと通り揃っている。
だがオレが一番驚いたのは、

なんで北朝鮮にファミリーマートがあるんだよー!!

オレが今までまわった海外の国はインド、モンゴル、ベトナム、韓国、北朝鮮の五カ国だが、このうち日本のコンビニを見かけた国は韓国と北朝鮮だけだった。
やるな北朝鮮、インドやベトナムよりコンビニエンスだぜ。

オレたちは温井閣から少し離れた、海金剛ホテルという所で宿泊することになった。「海金剛」という名前のとおり、風光明媚な海岸沿いに建てられたホテルである。
↓早朝の海金剛ホテル


↓ホテル近郊の海岸


そしてこの海岸こそ、軍事施設に侵入した(とされる)罪で韓国人旅行客が射殺されたという大事件が発生した、忌まわしの地である。

オレが訪れたのは事件前のことでありあの事件とは直接的な関わりはないが、実際にかの地を訪れた者の一人として無関心といった態度をとるわけには いかない。なので、実際にかの地を訪れた者の一人として、ツアーで体験したできごとも交えながらあの事件についての個人的な見解を述べたいと思う。

オレたちはツアー中、軍事施設への立ち入りは禁止されていた。しかし、そういった国家機密に関わるような変なトコロに行かなければ温井閣の外に出ることは許されていた。
そうはいっても温井閣から一歩外に出ると密林のように木々が深く生い茂っており人の気配がまるでしない。
勘のいい方は気づかれたかもしれないが、「密林のようであり」「人の気配がまるでしない」場所とは軍事施設などの国家機密に関わる建物を作りやすい場所である。それでいて進入禁止を告げる立て札や柵のようなものはまるで見あたらない。
そういったことを考えると、軍事施設があると知らずに迷いこんだという見解は十分に起こり得そうなことではある。しかもあたりには現地の通行人はおらず軍人ばかりだから、道をたずねようにもたずねようがない。

だが、ここで北朝鮮の立場になって考えてみると、あえて旅行客を射殺する理由が見つからない。というのも北朝鮮は経済が困窮しており旅行客からの外貨獲得 は貴重な 収入源となっている。そういった状況で意味なく旅行客を射殺しても外貨獲得の手段が途絶えるだけで北朝鮮側に利益が何もないのである。まぁ本当に軍事施設 に侵入したというというのなら口封じに射殺されたということもあり得なくはないが(しかし、そうだとしても警告なしに撃つか?)

という訳であの事件には動機、事件の発生状況が謎の部分が多く、真相を知ることは困難を極める(当たり障りのない結論でスマン)。かの地を訪れた者の一人として、一日も早い真相究明を望む次第である。

話を戻そう。
海金剛ホテルに入るなり、ガイドさんがチェックインを済ませてツアー客にルームキーを渡していた。
だが、他の韓国人たちは次々と部屋のカギを受け取っているのに、いっこうにオレの名前が呼ばれない。もしかして忘れ去られてないか?
「ガイドさーん、ホウェアーイズマイルーム?」
今回のツアーは本来は日本語ガイド同伴であったのだが、参加人数の関係上それはお流れとなった(涙)。代わりに英語のできるガイドが割りあてられたはずなのだが、不幸にして彼女は英語があまり得意ではなかったらしい。オレの発言に対して何が言いたいんだとまくしたてた。
「ムオ? ムオッシマラゴシッポヨ?」
「あ、あの、僕の部屋はどこですか...」
「タンシンナムジャイエヨ? プンミョンヒテーダプヘ!!」


メチャクチャ怒ってる。もう完全に厄介者扱いだ。
そんな韓国語のできないこのツアーのお荷物(オレ)に怒ったガイドさん、韓国語で北朝鮮人スタッフと何やら交渉を始めた。

やがて交渉が終わると田舎から出てきた者をむりやりオシャレにしたような、やたら濃ゆい顔をした一人の北朝鮮人男性が日本語でオレに話しかけてきた。
 「アナタ、日本人デスカ?」
「は、はい」
「私ガ部屋ニ、案内シマス」

おい何だ、新手の罰ゲームかこれは! 確かに韓国語ができないのにツアーに参加したのはオレが悪かったよ。でも、いくらオレが韓国語できないといっても、その扱いはないのでは!? アナタが任せた相手は日本人を拉致する北朝鮮人ですよー(涙)
オレは救いを求めるような眼でガイドさんを見たが、関わりあいになるのを避けたのか、彼女は一切オレと目を合わせようとはしなかった。ひでぇ。

ホテルの廊下はさびついた洋館のようで、もしここでオレが拉致されたら「消えた日本人」というタイトルでミステリー小説の題材に使われそうである。
もっともこの場合、ほとんどの日本人にはじめから犯人が予想されてしまうので、小説としてヒットするかは疑問の限りであるが。

無事に部屋につくなり速攻でカギとチェーンをかける。
しかし相手は姿なき怪人とも並び称される北朝鮮人、これくらいの防犯が役に立つ保障はどこにもない。
こうして、姿なき北朝鮮人の魔の手に怯えながらオレの北朝鮮旅行初日は幕を閉じたのであった。

そう、まだ一日目なのである。料理に例えたらまだ前菜、オードブルの段階である。これほど濃密な時間を送ることになった国は過去に記憶がない。
しかし、メインディッシュである金剛山登山はまだこれからである。そして、リアル北朝鮮人との戦いも本格化していくはずである。
それを思うとこれから先の旅程に、ブルーな気持ちを覚えるオレであった。



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