お馬で目指す遺跡への旅

(後編)

「おい、どうした日本人、だらしがないぞ」
先導する遊牧民の罵声が空に響く。


乗馬トレッキングから半日後、オレの体は図工ができない小学生が作った人形のように今にも壊れそうな軋みを立てており、時おり訪れる激痛に襲われながらも24時間テレビの間寛平(最近では丸山弁護士や萩本欽一)のように痛みをこらえてゴールを目指して走り続けた。

よく考えてみたら、日本で身体を動かさず引きこもり生活を送っている人間がいきなり運動(それも慣れない乗馬)を始めて何ともないはずがないのであるが、モンゴルの景 色に恍惚感を味わっていたオレは、その裏で自分の身体がボロボロに蝕まれていってしまっていることなど直前まで気づかなかったのだった。なんか新手の麻薬みたいだな、モンゴルの自然は。


どうしてこんなことになってしまったんだ? 己を振り返る。
この日に備えてトレーニングを重ねてきたはずだ(一ヶ月だけど
乗馬ライセンスだって取得したじゃないか(五級だけど
なのに、なぜ?


前にも書いたが、モンゴルの馬は日本の馬よりも小柄で扱いやすい。初心者でも半日ほど乗っていたら自由に乗りこなせるようになる(実際、ツアーで一緒だった乗馬初心者の人でも、半日くらいで自由に乗りこなせていた)。
反面、モンゴル馬は鞍が硬い木でできているため、お尻への衝撃が大きい。それを和らげようとすると膝とか腕とかに負担がかかり、時間と共に疲労と痛みが蓄積されていく。



ここまで書いてて気づいた。
モンゴル乗馬に必要なもの、それは

技術より体力!!




そうだと知っていたら乗馬教室なんかに通わずスポーツジムでトレーニングしてたというのに。
くそー、オレの四万円を返せー(号泣)



普通の人ならギブアップしていてもおかしくないと思う。しかしオレは、どうしても「ギブアップ」のひと言を口にするのに抵抗があった。
それもひとえに、小さいころ両親に受けた「男の子はどんなことがあってもギブアップしてはいけません」という教育のおかげである。
もちろん親としては、よかれと思って施した教育であろうが、その両親も自分の教育が将来、こんな形で息子を苦しめることになるとは想像もしてなかったに違いない。
それ以前に、自分の息子が将来モンゴルを旅行することになろうなどとは想像もしてなかったに違いない。


とにかくオレはがんばった。
「努力の先に素晴らしい世界が広がっている」そんな少年マンガ的展開が待っていることを信じて。

そして数時間後、
「おーい、見えたぞー」
遠くから声が聞こえる。
え、なに? 何が見えたの??





キャンプ場だ〜(ノД`)・゚・



よかった、最後まで続けて本当によかった。身体の中で疲労が達成感へと変わっていく。
しかし、長く険しい乗馬の旅は明日も続くといいます。
勇気と希望を持って言わせていただきます。もう嫌です。