エルデニ・ゾー




エルデニ・ゾーとはモンゴル帝国の首都であったカラコルムに建てられた寺院であり、モンゴル帝国時代の代表的な遺跡である。

当時の繁栄を偲ぶものは残っていないが、いま自分が立っている地がかつて世界を席巻していたモンゴル帝国の首都であった場所であったということは紛れもない事実である。
閑散とした 境内で 目を閉じれば、栄華を極めていた当時の光景が目に浮かんでくる。





さて、何度か記したことであるが、今回のモンゴル旅行の目的は「モンゴル帝国の遺跡を見てインド帝国(ムガール帝国)の遺跡のルーツを探る」ということであった。
そうした視点でものを見ると、寺院中央に存在する白い仏塔は、その色調といい形といい、ムガール帝国の代表的な遺跡である、タージ・マハルとよく似ている。

エルデニ・ゾーの仏塔

タージ・マハル

オレには分かる。ムガール帝国の職人たちが、先祖たちの祖国であったモンゴル帝国の代表的な建築物である、エルデニ・ゾーを思い浮かべながらタージ・マハルを作っていたことを。
歴史の風が、オレにそう教えてくれる。




「しゅんさん、あのー」
「うん、何だいビルグーン?」
「インドとモンゴルがどう関係しているのか、私よく分かりませんわ。あと、『ムガール帝国』っていったい何ですのー?」
「それはね、ムガール帝国を作った人、バーブルさんっていうんだけど、そのバーブルさんがチンギスハーンの末裔でモンゴル帝国の人間だったからさ。
十六世紀の前半(日本では戦国時代の頃)、バーブルさんは今のインドに巨大な帝国を建てたんだ。その帝国はね、先祖たちの国であるモンゴル帝国にちなんで『ムガール帝国』と名づけられたのさ
(『ムガール』とは『モンゴル』がなまった呼び名)
「へぇー」
「ムガール帝国はその後300年もの間、インドを統治し続けた。その後、一度イギリスの植民地支配を受けた後、今のインドが生まれた。
だからねビルグーン、ムガール帝国も今のインドも、元をただせばモンゴル帝国から生まれた国なのさ」

「しゅんさんって物知りなのですねー」
「えへへ」
「でもしゅんさん、エルデニ・ゾーができたころ、モンゴル帝国は世界を征服していた国ではなかったらしいですわ」
「えっ!?」
「それから、エルデニ・ゾーができたのは16世紀の後半らしいですわ。しゅんさんの話ですと、エルデニ・ゾーができたのはムガール帝国ができた頃より後になりますわ。
エルデニ・ゾーとムガール帝国は、何の関係もありませんわ





えーーー(゚Д゚)ーー!?


エルデニ・ゾーができたころのモンゴル帝国は世界国家ではなく、ムガール帝国とも何の関係がないだってー!?


そうとも知らずにオレは「栄耀栄華が目に浮かぶ」とか「エルデニ・ゾーとタージ・マハルがよく似ている」とかテキトーな感想を書き並べていたのか。
それ以前にそうとも知らず、オレは「モンゴルに来ればムガール帝国の遺跡のルーツが分かる」などと幻想を抱き、30万もの大金を払ってまでモンゴルにやってきたというのか!?
あぁ、オレの中でモンゴル旅行の存在意義が崩れていく...



その後、ここの寺院はチベット系仏教のお寺であるとか、本尊には釈迦の過去、現世、未来を模した空間が作られているといった説明を受けたが、既に魂の抜け殻となって虚脱状態に陥っていたオレは、説明の内容をすべて忘れた。
...とひと言で片付けてしまうとさすがに怒られそうなので、本尊で撮影した釈迦の過去とやらを模した空間の写真を紹介してみる。同じ仏教でも日本の仏像とは随分と違うことを感じ取って頂きたい。何かもう、コメントが投げやりだな、オレ。




ちなみにこの仏像様、写真撮影が有料であるがその料金は5$とたいへん安く、外国人旅行客に対して非常に良心的である。外国人という理由だけでタージ・マハルへ入場するのに何千円も払わされる(ちなみにインド人なら百円未満)、インドとは大違いである。
また、インドでは観光遺跡から出てきたらその瞬間、インド商人たちが大挙して群がり旅行客をボッタくろうとしていたが、モンゴルでは遺跡の外でも露店がささやかに並ぶだけであり、観光客に対しても悪質な商売を行うことがなかった。


ここまで書いてて思った。
なぁインド、おまえホントにモンゴルから生まれた国か?

こんな純朴な民族が生活する国から生まれた国家が、今では旅行客に対してえげつなく接する国に変貌しているなんて、オレには信じられない。いったいどこで道を踏み外してしまったのだろうか?

他にもインドに対しては言い足りないことが多々あるのだが、あんまり書き連ねているとモンゴル旅行記がインド旅行記になってしまうのでこの辺でやめときます。



乗馬、観光が終わり今回のツアーのメインイベントが終了した。
モンゴルとの、そしてビルグーンとの別れのときが近づいている。