大トラブル発生



朝五時、起床。いつになく早く起きたのは、ウランバートルに戻って市内の観光をするためである。
夏とはいえ、モンゴルの朝晩は寒い。慣れぬ早起きだというのに、真夏とは思えない寒さのためか、それほど意識はぼんやりしてない。

暖炉に薪がくべられる。ゲルにはエアコンがないため、キャンプ場ではスタッフの人が朝晩見回りに来て、こうして部屋を暖めてくれる。
そのうちに身体が温まり人心地がついてくる。同時に、昨夜の出来事が現実のことであったのだということを認識し始めていた。
思い出されてくる一部始終。そしてその結末と、この先抱くであろう感情に意識が及ぶたび、身体は温まってきているというのに気持ちは沈み、ゲルの外に出たくなくなる。




ビルグーンと顔を合わせた。
「おはよう」
「おはようございます」

彼女の態度はいつもと変わらないように見える。しかし、どこかよそよそしげにも映る。
本当のところどっちなのか、今いち分からない。


彼女と卓を並べて、しかし何も交わさぬまま食事が進む。
出されたお菓子がやけに甘ったるい。その甘ったるさが食卓の重苦しい空気と相まって、よけいに不快な気持ちにさせる。
「あの、私、用がありますので」
一足先に彼女が席を立つ。残ったオレは、無言でまずい菓子を食べていた。



胸の中で昨日の出来事が再生される。
そしてオレは考える。自分の行いは過ちであったのではないかと?
残り一日とはいえ、こんな気持ちで彼女とともに過ごし、別れるのだと考えると、辛い。




憂鬱な気持ちでゲルの扉を開ける。
と、その時

ほわんほわんほわ〜ん

中から とつぜん煙がふき出し、たちまち私はおじいさん...


そうじゃない!
この煙、この臭い、間違いない。



火事だーーー!!!




かじ、火事、火事ー! オレのゲルが燃えてるー!!
つーか、写真なんか撮ってる場合かコノヤロー!



オレは荷物が気になったので、燃えさかるゲルの中に突入することにした。
確か学校の避難訓練で、こういうときは「口に手をあてて姿勢を屈めればよい」と教わったはずだ。それを実践すれば大丈夫なはず。よし、やってみるぞ。
口に手をあてて姿勢を屈め...ゲホ、ゲホ
大丈夫なわけあるかコノヤロー!!

そもそも、「口に手をあてて姿勢を屈めればよい」のは火災現場から避難する時であって、自ら火災現場へ乗り込もうとする時には有効な手段ではない。つーかそれ以前に、
自ら火災現場に乗り込もうとしている時点で、すでに避難訓練の教えに反している。



「ビルグーン!」
オレはたまたま近くを通りかかったビルグーンへ反射的に助けを求めていた。
「ビルグーン、助けて」
「どうしたのですか?」
「火事、火事!」
「えぇーーー!?」


状況を確認した彼女はキャンプ場のスタッフに応援を呼びかけた。それだけではなく、助けが来るのを待っていられなかったのか、身の危険を顧みず火の手が残る現場へ飛びこんでいった。た、逞しい...



ビルグーンやモンゴル人スタッフたちのおかげで、幸いにも何の被害も出ずに鎮火することができた。
「すごかったですね」
ビルグーンがオレに話しかけてきた。
「あぁ、すごかったね」
「私、こわかったです」
「僕も、びっくりした」

オレたちは顔を合わせて笑いあった。