モンゴル最後の晩、オレたちは今までとは明らかに異なる、かつての王侯貴族の生活を模したような豪華なゲルに招待された。
側面にはモンゴル帝国の皇帝とおぼしき人たちの肖像が並んでおり、その中央にはチンギス・ハンの肖像が飾られている。
床には動物の毛皮が敷かれており、天井は抜けるように、高い。
中ではいろいろな人が入れ替わり立ち代り、オレたちに珍しい芸を見せてくれる。
民族服に身を包んだ少年が馬頭琴を奏でれば、恰幅の良い壮年の男性がホーミーを聴かせてくれる。
美しい女性が民族舞踊を華麗に舞ってくれたかと思えば、かわいらしい少女が人間離れしたからだの柔らかさを活かして曲芸を披露してくれる。
貴賓を招待するかのようなもてなしを受け、オレは自分がたいそうな身分を持つ日本からの国賓であるかのような錯覚に陥った。
「ビルグーン、将来の夢って、何かあるかい?」
「夢、ですか?」
オレは知りたかった。自分と同じ年頃の女性、しかしモンゴルに住みオレたちとはまったく違う環境で生活している女性、そんな女性がどんな夢を思い描いているのかを、オレは彼女に聞いてみたかった。
「私は、体育館を持ちたいです」
ビルグーンは運動が好きで、中学の時には水泳でモンゴル代表となってロシアの選手などと試合をしたらしい。だから、いつかみんなが運動を楽しめるような小さな体育館を経営することを、将来の夢にしているという。 将来の夢、人生の目標、そういったものをこれだけはっきり持ち、それを人前ではっきりと言える若者が、日本にはどれだけいるであろう...
「しゅんさんの夢は何ですか?」 当然の質問に困惑する。これだけしっかりした夢を持っている彼女に答えられるだけの夢など、オレには思い描くことができない。そんな自分の発想の貧困さが恥ずかしい。
振り返れば充実した旅行だった。
大草原を馬で駆け抜けた日々、モンゴル文化に触れられたゲルでの生活、気さくなモンゴル人たちとのふれ会い、そしてビルグーンとの出会い。
どれも忘れられない、忘れたくない想い出である。
そんなモンゴルで体験した出来事を、多くの人に伝えたい。そして、できることならそれに共感してもらいたい。それが、今のオレがいちばん強く望むことである。
そしてそれが、今のオレにとっていちばんの「夢」と呼べるものかもしれない。
「僕の夢は、そうだなビルグーン、色んな所を旅して、その思い出をみんなに伝えることかな?」 自分の想いを確かにするため、オレは言葉に表して彼女に告げた。
彼女は分かったような、分からないような、ちょっと困ったような表情を浮かべていた。
モンゴルの別れはあっけなくやってきた。
ホテルを出発して十五分後、モンゴルの思い出を噛みしめる間もなく空港に到着した。
ビルグーンともここでお別れである。
「今度、日本で会おう」
「えぇ」
「本当かい?」
「えぇ、約束しましたしね」
「そ、そうだったね」
あの日の約束を覚えていてくれた、そんな彼女の気持ちが嬉しい。
「ヤポノールオールズィー、バヤルタエ」
オレはモンゴル語で別れを告げた。彼女は手を振って笑っていた。
恋するモンゴル モンゴル乗馬編
完
ビルグーンと最後の時を過ごした、
スフバートル広場の夜景
|