
あとがき
今回の修行で私はなにを得たであろうか?
「お寺で修行をした」という話をするとよく「何を悟ってきたんだ?」と尋ねられる。
しかし私は、「悟り」とはいったい何であるかピンとこないまま修行を終えてしまった。
だが、徳の深いお坊さんが何年かけても悟りの境地にたどり着けないでいるのだ。
私ごとき凡夫が一日修行したくらいで悟りを開けるのであれば苦労はするまい。いや、そこで得た程度のものなどそもそも「悟り」というべきものではないのではないか。
などと思いながら旅行記を書いてみたが、改めて当時を思い返してみれば...
悟りとか何とかそれ以前の問題だろう!!
いやもう、ホントすいません。まじめに修行に取り組むどころか仏を冒涜する行為の数々。しかも、いちいちそれをネタにして使っているし。
仏様への信心が深い方は、ご覧になって「何だこれだ!!」とお怒りになられたかもしれません。
いやもう、ホントすいません。そして、こんな私をそれこそ「仏心」を持って許していただければ幸いです。
さて、修行を通じて思ったことがひとつあります。
それは「仏の教えは人や立場によって捕らえ方が変わってくるのでは」ということです。
もともとお釈迦様の教えは一つであるのですから、本来はそんなことがあってはならないのかもしれません。
しかし、その一つであるはずのお釈迦様の教えが今では多様な宗派に分かれてしまっているのですから、案外それが正しい姿であるのかもしれません。
だんだん何いってるのか自分でも分からなくなってきましたが、いまから十年後、おそらくその時には環境や人生観も今とは変わっていることでしょう、そ
のときにもう一度修行を受けてみたい、そしてそのときには今とは違ったものが見えてくるのだろうか、修行を終えてふとそんなことを思ったりしました。
そのときにはもっとまじめに修行しようと思います。
末筆になりましたが、今回修行の世話をしてくださった円満院門跡の方々には深く感謝いたします。
お寺の修行というと一休さんのマンガみたいに、おっかない住職さんがなまけ者の坊主をビシバシしごくイメージがあります。ですが、お寺の方々には寒さが厳しい部屋で十分な暖を取ってくれるなど、修行の間中私たちのことを常に気遣っていただきました。
おかげさまで雪が降りしきる寒さの中でも体調を崩すことなく、無事に修行を終えることができました。ありがとうございます。
一緒に修行した方々もいい人ばかりでした。おかげさまで何一つ不快な思いをすることなく共に修行の時を過ごすことができました。感謝。
一泊二日のお寺で修行編はこれで終了となります。
最後まで目を通していただきありがとうございました。
次回のゲテモノ旅行は舞台を海外へ移します。しかも舞台はインド。
果たしてどうなることやら。
こちらも楽しい内容になるかと思います。どうぞお楽しみに。