ベトナム入国




PM10:40(日本時刻で翌0:40)、ホーチミン市のタンソンニャット国際空港に到着する。
飛行機の隙間から漏れてくる30℃を超す熱気が、どことなくこの国の過酷さをオレに伝えているように思えた。

さてオレは、今回はじめて旅行会社に頼らない個人旅行、バックパック旅行なるものにチャレンジしてみた。
これまでなら空港に降りるなり現地のガイドさんがオレを迎えに来てくれたものだが、今回は空港でオレを待っている者はいない。
遠い異国の地で、これからオレは自分の力でタクシーを借りてホテルまで向かわなければならないのである。既に真夜中を迎えているシチュエーションもあいまって、さすがに少し心細くなった。

タクシーを探しながら空港をさまよっていたその時、一人のベトナム人がオレに話しかけていた。
「ヘーイ兄ちゃん、タクシーをお探しかい?」
「まぁ、そうだけど」
「だったらうちのタクシーに乗ってけよ」
「うん、いいけど。でもいくら?」
「25ドルだ」
「げ、25ドル? 円高で1ドル100円(当時)だとしても2500円!? ちょっと、日本人相手だからっていくら何でもボッタくり過ぎじゃない?」
「それはなー兄ちゃん。オレへの斡旋料15ドルが含まれているからだ」

ふーん、そんなシステムがあるのか。なんかうさんくせーなぁ。

はっきり言ってダマされてるような気がしてならなかったが、目の前にいる人がいちおう信用できそうな顔に見えたのと近くにタクシーがいなかったのとで、とりあえずこいつが斡旋するタクシーに乗ることにした。
「おい兄ちゃん、ホテルの場所は決まっているのか?」
「うん、ここだけど(住所を見せる)」
「よし分かった、じゃあコイツ(運転手)に2ドル払ってくれ」
「え、どうして!?」
「チップだよチップ。日本人だから金持ってるだろ。さぁ、早くするんだ」

つーかガイドブックにはタクシーのチップは不要ですと書かれてんだけどなどと思う間もなく2ドル巻き上げられ、ようやくタクシーは市街地へ出発した。

タクシーの中で冷静に考えてみる。20分の距離で2500円って日本のタクシーと大して変わらない値段じゃねーか? しかもチップまで払ってるし...何かおかしくねぇか?
疑問に思ったオレはガイドブックをもう一度確認してみた。いったい相場はどのくらいなんだろう? えーどれどれ...
「空港から市街地までは5ドルで行けます」
「たまに値段を提示してくるドライバーがいますが、そんなタクシーに乗るのはトラブルの元です」



げ、市街地まで5ドルで行けるじゃんか! 25ドルありゃ2往復してもお釣りが出るぞ!!

いや待て、もしかしたらこのガイドの情報は古いのではないか? ひょっとしたらベトナムでもガソリンの値段がメチャクチャ上がって市街地へ行くのにも25ドル必要になったのかもしれない。
ボッタくられたという現実を認めることができないままそんなことを思っているうちに、どうやらタクシーは目的地に着いたらしい。
「さぁ着いたぞ、降りろ」
辺りを見廻すとそこは人通りの少ない薄暗い通りであった。
そういえばさっき、「値段を提示してくるタクシーに乗るのはトラブルの元」って書いてあったよね。あの、何かこれ、
メチャクチャ嫌な予感がするんですけど。


猛烈に不安を抱えながらタクシーを降りたその時である。
見知らぬ少年がやって来て「10ドル払え!」と迫ってきた。
少年は「HAPPYなんちゃら」という袋をオレに突きつけてきた。どうやらコイツを10ドルで買えと言ってるらしい。でも「HAPPYなんちゃら」って、いったい何だ?
少年の目は焦点があってなく、どこかイッちゃってる風であった。そんな彼の目と「”HAPPY”なんちゃら」というフレーズにオレは一つの考えが浮かんできた。
「イッてる目つき+HAPPY=...麻薬!

(((゚Д゚)))ガクガクブルブル

「ノ、ノー、ノーサンキュー」
「なぜだ、なぜ買わない! 10ドルで買え!!」

こ、怖ぇ、あまりの怖さに声が出ない。つーか助けを呼ぼうにも周りに人の気配がまるでない。
タクシーの運ちゃんはさっきから無言でこちらを見ているだけで手を出そうともしない。
しまった、ハメられた。オレはあまりの事態に全身から血の気が引くのを感じた。

突然の恐怖と絶望感でパニックに陥りかけたその時である。
「おい、兄ちゃん、そっちへ逃げろ」
さっきまで無言だったタクシーの運ちゃんがオレに呼びかけてきた。
見るとそこにはオレが予約したホテルの名前が書かれてあった。
運転手さーん、(つД`)・゚・ ありがとう。でも、


さんざん人から金ダマしとったんだからもう少し助けてくれてもいいだろ! 何で今の今まで黙ってこちら見てたんだこのアホンダラー!!


こうして麻薬ジャンキーに襲われるというトラブルはあったものの、なんとか無事に今日のホテル「ほうれん荘」へ到着した。
「地球の歩き方」によるとここのスタッフは日本語が分かるというから英語が苦手なオレでも安心である。
オレ「すいませーん、予約していたものですが?」
スタッフ「なんちゃらかんちゃらー」
「ヘ? あの、キャンユースピークジャパニーズ オア イングリッシュ?」
「なんちゃらかんちゃらかんちゃらー」


...

どうやらここのスタッフは日本語はおろか英語すら話すことができないらしい。
違う、違いすぎる、あまりにガイドの情報と話が違いすぎるぞコラー。

たまたま英語の分かる旅行客がいたので彼女を仲介に話を聞いたところ、以前電話で確認したはずのオレの予約は取れていなかったらしい(号泣)。
幸いにしてバックパッカー用の部屋が空いていたのでそこに泊まることができたのだが、そこにいた客というのが、ガイドブックには日本人が多いと書かれてい るはずなのに、実際には日本人旅行客が一人しかおらず、しかもその部屋というのがシャワーも冷房も敷布団すらもなく、その上わずか6畳ほどのスペースを6人く らいのバックパッカーたちと共有するという、これまで見たことないようなボロ部屋だった。
「おっ母、オラ、国へ帰りてぇ」
こうして入国早々「こんなトコ来なきゃよかった」かつてない後悔の念に苛まれながら、その日はまったく熟睡することができず寝苦しい一夜を過ごしたのであった。

ベトナム初日、「ほうれん荘」のベッド




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