真打ち登場




大変だったベトナム旅行、いろいろあったベトナム旅行。そんなベトナム旅行にもついに終わりの時が見えてきた。
オレは今日、ホーチミン市内での観光を済ませたのち、四日間滞在したベトナムを後にすることとなる。

さてベトナム暮らしであるが、四日も過ごしていると自然に身体がベトナムナイズされてくるのか、ホーチミンの生活にもすっかり適応していた。
入国初日は道路を走るバイクの群れから逃げ惑い、タクシーの運転手から絶えずお金を巻きあげられ続けていたオレであったが、いつしかバイクを走る道路を余裕で渡れるようになり、日本人料金を取られていたタクシーをベトナム人料金で乗れるほどまでに成長していた。
もはや教会の片隅で僕帰りたいと泣いていた姿はどこにもない。そこにあるのはこの四日間でたくましく成長した「漢」の姿である。

こうなるとオレの心の中に、さらなる強敵を求めたいという気持ちがうずいてきた。もはやタクシーの運転手を相手にベトナム人料金で乗れるようになっても面白くない。
そこでオレは次のターゲットに「シクロ」を選んだ。


「シクロ」、それは日本でいうところの人力車のようなものであり、ベトナム映画では必ずといっていいほど登場する乗り物である。
しかしこのシクロというのが今年の風邪と同じくらいタチが悪く、どのガイドブックを見ても、どの旅行記を読んでも、ボられたヤられたといった報告が後を絶たない。
そのため、日本外務省や一部のガイドブックでは「シクロは乗らないに限る」などと、あたかもシクロの存在そのものを否定するかのような注意書きまで出される始末である。

しかしオレは思った。
異国情緒あふれる乗り物を体感せずにベトナムを去るのは、やはり惜しい。危ない危ないと噂されているが、美しいものにはトゲがあるのは何もシクロに限ったことではない。
それに、万一噂どおりシクロが危ない乗り物であったとしても、オレには無事にやり過ごせる自信がある。それは決して過信やハッタリではなく、これまで何度となくベトナムで出会ってきた、強敵と書いて「とも」との戦いから得た経験が、オレにそう言わせてくれる。


とまぁそんなことを思っていたら向こうからやってきた。シクロの運転手だ。

「おーい兄ちゃん、シクロに乗ってかないか?」
「いいよ。じゃあ、歴史博物館って分かる? サイゴン川に沿って北に向かっていくんだけど」
「おう歴史博物館だな、任せとけ。ついでに兄ちゃん、統一会堂とかどうだ。あそこは面白いぞ」
統一会堂はいいや、さっき行ったから。歴史博物館にお願いね」
「歴史博物館だな。よし分かった」


どうやらここまでは順調だ。いよいよ多くの旅行客が泣かされたという、シクロドライバーとの料金交渉である。

「ところで運ちゃん、歴史博物館まで一万ドンで行きたいんだけど」
「何をバカなこと言ってる、歴史博物館までなら二万ドンだ」
「二万ドンー? ちょっと高すぎない?」
「何を言ってる適正価格だ。さぁ兄ちゃん、早く乗れ」
「うーん、何かうさん臭いなぁ。(少し考えて)やっぱ他のところあたってみるわ、じゃあまたね」
「おいおいちょっと待て」

立ち去りかけたオレを見て慌てて彼は引き止めをかけた。

「おい兄ちゃん、日本人か、韓国人か?」
「韓国人だけど」
「ウソつけ、日本人だな。日本人ならこれを見ろ」

そういって彼は一枚の写真を見せてきた。
そこには一人の日本人と一緒に映っている彼の姿が見え、その横には「彼は信用できるドライバーです」と日本語で書かれた手紙があった。

なんという教科書どおりの展開!
日本語の手紙を見せて「自分は信用できるドライバーだ」とアピールするのは悪徳シクロドライバーが使う常套手段である。
そして、こうした手口をオレに見せた時点で、「私はインチキです」と自らアピールしているようなものである。

「オッサン顔にインチキって書いてるからもういいわ。あっち行って」
しっしっと追い払うオレに、なおも彼はしつこくつきまとってきた。
「おい兄ちゃん、二万ドンだ、たった二万ドンだぞ」
「うっせーな、いらないって言ってるだろう」
「じゃあ分かった、一ドルならどうだ(US一ドル=約15000ドンに相当)」


はっきり言ってこれでも相場から見たら十分ボッタくり価格なのだが、オッサンとのやり取りにいい加減疲れてきたオレは、絶対それ以上払わないと念を押してそいつのシクロを利用することにした。
ふぅとため息をついて椅子に腰を下ろす。が、腰を下ろすや否や、運転手は目的地とは全く逆の方向へ向かい出した。

「ストップストーップ。おいテメェ、いったいどこ向かって走ってるんだ」
「心配するな、歴史博物館だろ? 場所は分かっているから」
「嘘つくじゃねぇコノ野郎。いいかテメェ、歴史博物館にはサイゴン川へ沿って北へ行くと着くはずなんだ。それを何だテメェ、川と全く逆の方向を進んでるじゃないか。いい加減にしないとここで降りるぞ」
「わ、分かった、とにかく座れ」
「本当に大丈夫なんだな」
「大丈夫だから安心しろ」

しつこく念を押したのが効いたのか、シクロはそのままサイゴン川に向かい歴史博物館の方向へ進んでいった。


いろいろトラブルはあったものの、やっぱりシクロに乗ってみるのはいいものである。
忙しなく走るバイクの群れを横目に見つつ、サイゴン川を右手に眺めながらゆっくりと走るその姿は、映画のワンシーンを切り抜いているようで風情がある。

と、そんなことを思っていると運ちゃんが
「なぁ兄ちゃん、少し疲れただろう。ジュースでも一杯どうだ?」
行きがけにジュースに誘い法外な値段をふっかける、これもガイドブックによく書かれてある悪徳シクロドライバーの常套手段である。
「うるせぇ、ジュースはいいから先へ行け。ゴーストレート!」
喫茶店へ向かいかけていたシクロの運ちゃんを怒鳴りつけ強引に軌道修正。ちょっと安心するとすぐこれだ。まったく油断もスキもあったものじゃない。

ようやく歴史博物館が近づいてきたその時である。
「なぁ兄ちゃん、ここまで遠かっただろう。もう二ドル上乗せしてくれよ」
「ハァ(゚Д゚)? オメェが一ドルでいいって言ったんだろう。何でもう二ドル払う必要があるんだよー!」
「分かった、全部で二ドルでどうだ」
「うるせー、誰がなんと言おうとこれ以上払わねぇ。もういい、ここまで来れば後は自分で何とかなる。ここで止めろ! ストップヒアー!!」

椅子を蹴っ飛ばして強引にシクロを止める。
なおもゴチャゴチャ言っている運転手を無視して、オレはきっちり一ドルだけ叩きつけて早々にそこを立ち去った。

それにしても酷いやつだった。みんながシクロのことを悪い悪いと言っていて、「何でみんなそんなに悪く言うんだろう」とずっと疑問だったが実際に乗ってみてそれがよく分かった。みんなが悪く言うのは本当に悪いヤツだから悪く言っているんだね。





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